ピンクと水色

松島聡くんと高山一実さんという最高のアイドルが好き。駄文かつテンションが中学生です。

Sexy ZoneのオタクがRUNでSexy Zoneが好きになった話

 Sexy Zone結成9周年おめでとうございます!!!!!

 

意味のわからないタイトルかもしれないが、タイトル通りの内容である。読むにあたって念頭においていただきたいのは、今の私はSexy Zoneが好きだということだ。悪意も、彼らを追うことに対する躊躇も、ねじ曲った感情も、自分が認識している限りでは全くない。それでも、文章の内容に少しでも疑問を抱いたら、ブラウザバックを推奨する。

 

まずは、Sexy Zoneとはどんなグループか、知らない方のためにさらっと説明する。といっても私が彼らを意識して見ていたのはほんの一瞬なので、Wikipediaでも見ていただきたい。情報の信頼度はたいして変わらないと思われる。

 

Sexy Zoneのオタク及び、そんなの知ってるという方は太字まで飛ばして欲しい。

 

トレンド入りしているように、今日、9/29はSexy Zoneの結成日である。当時人気のあったjrの中島健人菊池風磨、そして入所して1年程度の佐藤勝利マリウス葉松島聡の五人でグループを結成し、デビューすることが突然発表された。平均年齢なんと14.4歳でのデビューである。

 

これは異例であった。ジャニーズには、jrという制度があり、彼らはデビューを夢見てお互いに切磋琢磨し、パフォーマンスやバラエティーでの立ち振る舞いを身につけていく。つまり、とても大事な期間である。(しかし、デビューできるかはデビューするまでわからず、不安定な立ち位置でもある。)だから、デビューまで数年はかかるのが普通であり、半数以上が入所一年程度でデビューしたグループはSexy Zoneくらいしかないであろう。(昔のジャニーズについてはわからないが) 松島聡に至っては、事務所至上2番目の最速デビューである。

 

結局、Sexy Zoneは、事務所が思っていたほどは売れなかったのだろう。Sexy Zoneの中ではjr歴が長く、年上であった「ふまけん」の二人もまだ高校生。これまた異例の「三人体制」がスタートした。セク鬱期と呼ばれるこの時代に何があったか一言で説明すると、松島聡マリウス葉が実質jrに降格になった。

 

この時代は本人達の努力により(これまた真実はわからないがオタクとして妄想させてくれ)無事に終わりを告げるのだが、依然としてグループ内格差は続いていた。わかりやすいのが歌割りである。聡マリのパートが異様に少ないのだ。

 

2018年にでたアルバム、XYZ=repaintingでこの歌割り格差が突然是正され、その後のシングルからも改善に向かった。新曲NOT FOUNDは五人のカッコいい歌声が歌番組でも存分に味わえるので、どうぞお楽しみに。

 

 

さあ、本題に入ろう。

 

前置きが長すぎた。

 

レポートもこれくらい書ければいいのにと思ってしまう、怠惰な学生である私は、数年前からSexy Zoneのオタクをしている。

 

といいつつも、「好きなグループは嵐、好きなタレントは二宮和也松島聡」というスタンスだった。事情により、掛け持ちが出来なかったため、聡くん(以下、普段の呼び名で書かせていただく)に関してはいわゆる顔ファンだった。彼をメインで推そうと決意してからも、相変わらずSexy Zone自体にはあまり興味がなく、四人は顔の綺麗なお兄さん達程度の認識であった。ひどすぎる認識である。聡くんと絡んだエピソードは追っていたが、あまり彼らについて深くは知らなかった。

 

聡くんのオタクになってからは、毎日が楽しかった。ずっと顔ファンをしていたくらいだから、もちろん顔は好きだし、優しい歌声も、リアコ味溢れる声も、ダイナミックなダンスも、普段のニコニコ笑顔からは連想できないような踊ってる最中の帝王みたいな表情も、アホっぽいところも、どんなときも笑顔を絶やさないところも、全部全部好き。彼の人一倍努力家なところを知ってからは、「私の大好きな松島聡」を作り上げた「松島聡」がたまらなく好きになったし、毎日毎日彼に対してプラスの感情を抱き、幸せに浸っていた。

 

でも、私は今思うと本当に幼かった。危なっかしかった彼らのトークを見るたびにどうにも心がざわつき、口にこそださなくても要らぬ心配をし、歌割りを確認しては不満を抱き、彼に対してプラスの感情を抱くたびに、相反するマイナスの感情がムクムクと育っていった。

 

そんな日々を送りながらも彼の21歳の誕生日をお祝いした次の日の午後。わくわくしながらベスアの放送を待っていた私の目に、「松島聡 休養」の文字が飛び込んできた。

 

折しも別のグループのメンバーがほぼ同じ病名で休業した直後のこと。これまた事情があってWebに登録してなかった私は、彼のブログ更新が途切れていたのを知らなかった。現状を理解できず、受け入れられなかった私が見たのは、見たことのない表情をした4人だった。

 

もしかしたら、私のSexy Zoneへの沼落ちは、このときから始まっていたのかもしれない。その表情をみた私はようやく現実を受け入れ、何度読み返しても頭に入ってこなかった聡くんの手書きメッセージを一語一句噛み締めた。

 

いつまででも待とう、そう決意したはずだった。

 

だけど、4人のパフォーマンスを見るたびに、雑誌を見るたびに、どうしようもなく泣きたくなった。密かに育っていた黒い感情が抑えきれず、聡くんの戻ってくる場所を守るための手伝いをしたいと思いつつも、アルバムは買えなかった。

 

彼の名前を4人が全く出さない理由はわかっていたけれど、それでも不安だった。4人から言えることなんてあるわけないのに、必死に彼の影を探していた。端から見たら4人グループであるかのような状態に、意味もないのにイライラしていた。Sexy Zoneのことをすきになったという人を見かけるたびに嬉しくなり、悔しくなった。

 

雑誌やテレビ程度しか触れていなかった私は、4人がファンしかいないところでは5人を強調していたことは知らなかった。

 

私がSexy Zoneを気にするようになったのは、麒麟の子からだ。その前に、極限合宿をみて、Sexy Zoneに対して抱いていたマイナスの感情を取っ払うべきだと強く思った私は、また負の感情を抱いてしまうことを恐れながらも、歌番組で麒麟の子を見た。

 

彼らは、Sexy ZoneであってSexy Zoneではなかった。歌番組でこんなに力強くパフォーマンスをするなんて、知らなかった。こんなにカッコいいなんて、知らなかった。

 

このくらいから、少しずつラジオや雑誌で聡くんの名前をSexy Zoneがあげるようになった気がする。そのこともあり、歌番組はしっかりと追うようになった。次の衝撃は、夜空ノムコウだった。私はまた、4人のパフォーマンスに圧倒された。こんな表情もできるなんて、知らなかった。極めつけにギターの話である。ギターの話で、崩れかけていた負の感情が、するするとほどけていった。その衝撃で、聡くんがおやすみしてから初めて号泣した。

 

でも、結局、麒麟の子は買えなかった。4人の円盤を手にする勇気がなかった。またあの感情を、まっすぐでカッコいい彼らに抱いてしまうかもしれないと思うと、恐ろしかった。でもきっと一番の理由は、お金がなかっただけだ。

 

さて、次の記憶が未満警察まで飛ぶのだが、なんでかと考えてしまった。そういえば、受験生だった。私が彼らにマイナスの感情を抱き続けてしまったのは、恥ずかしながら現実のストレスもあったのだろう。

 

だって、RUNも買うつもりなんてなかった。パフォーマンスを見るまでは。

 

麒麟の子で力強さを増した彼らのパフォーマンスはまた、力強くなっていた。苦しくなるくらい力強かった。

 

気が付いたら、大学生になってようやく始められたバイトで稼いだお金がRUNに変わっていた。4人のシングルが売れる。一抹の不安は抱いたが、「こんなに力強くパフォーマンスする彼らの声が世界中に響き渡ればいい」「良い結果がでて彼らが笑顔になれればいい」そう思いながら、ありあまるRUNの収納場所と配り先を探していた。

 

彼らのパフォーマンスは、確かに何かを伝えたのである。何か、としか表現できない。受け取り方は人それぞれ。私は、彼らの売れたいという気持ちを受け取った。

 

聡くんが、戻ってきた。

 

嬉しかった。バイトを終えて携帯を開いたら、家族や友人からのメッセージが、私にしてはあり得ない量届いていて、疑問に思いながらそのうちの1つを開いた。

 

手がガタガタ震えて、画面を直視出来なかった。スマホを持ってられなくて、一気に渇いた喉から心臓が飛び出しそうだった。勢いでFCに入り、前は親に禁止されていたWebも登録した。

 

やっと、Sexy Zoneのオタクになった。

 

その後は、おやすみ期間中もせっせと更新していた聡くんへの好きを大事に育てながら、日々Sexy Zoneへの好きも更新している。

 

ビクロズを聴いて、おかえりの日は出なかった涙が一気にあふれ出た。KTTにきゃーきゃーした。5人のアー写に、RUNに、胸が熱くなった。しょりそうラジオに頭を抱え、雑誌と新曲を大量に予約し、わくわくしながら本屋に行った。

 

地球を回してるSexy Zoneが、世界中の人を笑顔にする日が来ますように。

 

以上が、Sexy ZoneのオタクがRUNに落ちた話である。4000字レポートは、これくらいだ。

 

 

改めて、9歳の誕生日おめでとうございます🌹

 

 

 

ここからは、松島担としてのひとりごと。(今までもひとりごと)

 

当時の感情を詳細に書いてしまったが、断じて聡くんのおやすみが悪いと言っているわけではない。

 

私は、聡くんが心から笑い続けられることを一番に願っています。